自分が軽度の鬱病、適応障害に陥った話 (個人的なまとめ)
皆さんどうもこんにちわ。
いきなりですが、今回は今まで書いてきたブログの内容とは大きく違いますので、もしこのブログを読んだことがある方はあらかじめご了承ください。
また内容の都合上仕方ないのですが人によっては気分が悪くなります。
まぁそもそも気分が良くなる内容なのであれば鬱病になんかなりませんので、あらかじめご理解いただければ幸いです。
今回の内容で簡単にでも感覚が伝わればいいかなぁと思います。
それでは行ってみましょう。
まずそもそも何があったかと言うとタイトルにも書いてある通り
「軽度の鬱病、適応障害を発症、そのまま会社を退社、現在ニート」
とまぁこんな感じです。
知り合いや友人にこの話をしたとき仲が良い奴ほど
「おまえが鬱病!!??」
って言ってました。
正直自分でもそう思います。
でも鬱病というか精神的な病気でよく聞く話なんですけど
「メンタルの強さは関係ない」
これなんですよね。
自分の認識が甘かったといいますか誰にでも可能性はあるわけです。
人にはもちろん得意不得意があるので、それはもうしょうがない。
幸い自分は軽度の状態で即刻治したので実際鬱病だった時間は一週間ぐらいしかなかったと思います。
いやそれ鬱病なのかよ?って聞かれたら正直自分でも首をかしげる部分もあります。
ただ明らかにいつもの自分とは違う感覚だったので鬱病ではないにしても精神的に何かがおかしかったのは事実だと思っています。
こういった体験は初めてだったのでその時の感覚を忘れないようにここに書き残したいと思いました。
鬱病の横に適応障害と書いてありますが同じく精神病の一種で、自分はこっちがメインだったと思います。
めっちゃ可愛らしく言うならば「五月病」
ようは新しい環境まじつまんねーやる気でねぇはぁ・・・みたいな感じです。
これが酷くなると精神的に落ち込みます。
自分は仕事先が勤務内容がそもそも合ってなかったので比較的早い段階で転職を考えていました。
でもやっぱり生活の関係もあったのでせめて転職先の目途が立ってから退職しようと考えていました。
でもね、先に言いますが
「合わないものは合わない。」
卵アレルギーの人に卵食べさせてるようなものです。
(自分はアレルギーないのでその感覚は分かりません。)
他の人からすれば全く問題ないことでもその人にとってはただの苦痛なんですよね。
まさかこんな形で学びを得るとは思いませんでした。
勤務内容があってないだけならばおそらく大丈夫だったと思うのですが、人間関係もダメだったんですよね。
主に昭和の熱血コーチみたいな上司は本当に合わなかった。
めちゃくちゃ仕事熱心で「勉強するのは当たり前」「結果を出すのも当たり前」「それが出来ないのはお前の勉強不足」「何やってた就職してから今まで?」
とまぁ熱血指導正論パンチのガトリングを浴びせてきます。
内容としては合ってると思うのですけど内心
「いや、辞めたい仕事プロだからやれって、嫌なんですけど」
こう思ってました。
熱血とゆとりは水と油だったわけです。
この人が教育担当になってから二日目になってから上記の熱血指導が始まりました。
感想としては「無理」でした。
いろんな意味で無理でした。
結果自分の中で変化が訪れます。
昼休みの時間になり勤務中では数少ない休憩時間。
要するに自由になれる訳です。
普段は休憩の後の勤務時間が長いので多めの昼食を取るんですが、ここで問題が起きます。
「ごはん食べるのだるいな」
普段食欲には忠実な人間なのでまさかごはん食べるのが面倒になるとは思ってませんでした。
しかしながら時刻正午、まだ晩飯も帰宅するのも10時間ぐらい後になります。
確実にお腹は減ります。わかりきっています。
なのでいつもより少ないものの飲食店にて商品を注文しました。
クリームパスタ、私が大好きなチーズとベーコンが入っているやつです。
前もそこのパスタの同じ商品を注文したことがありましたので、味は分かり切っています。
ところが不思議なものでして、味がしないんですよ。
正確に言うのであれば味は感じるんだけれども(だからどうした?)みたいな感じなんですよね。
ここで「あ、やばい」ってなりましたね。
無理やりパスタを口に入れ、動きもしない顎を動かして、飲み込む苦痛を感じながら自分は手元のスマホを操作していました。
この状況はまずいので直近で行ける精神科、そして今すぐにでも辞められるように転職サイトの登録、あと今の自分の状況の確認の為症状に当てはまる病気の検索などを行いました。
まぁ内心十中八九 「鬱病」 だろうと思ってました。
次の休みは明後日。皆さんに分かるように例えるならば木曜日のお昼の感覚です。
「明日頑張れば休みだ」って考えの人が多いかもしれません。
因みにこの時の私の考えは「明日まで耐えられるだろうか。」
いろいろ調べて分かったことは
(とりあえずおそらく鬱病、ないしそれに近い精神病、または初期症状)
(転職なんてすぐには出来ないが鬱病ならば退職出来るかもしれない)
(明後日に予約出来る精神科がないので明々後日の精神科をひたすら探した)
こんな感じでしたね。
因みにパスタは半分残しました。
人生で一番つまらない食事だったと思います。
さて始まった昼休みは終わりを告げます。
ようするに地獄にもっかい戻りましょうって話です。
他の人から考えたらそうでもないかもしれませんが私にとっては紛れもなく地獄そのものでした。
金積まれても戻りたくはありません。
さて地獄にその後大体7時間ぐらい滞在した男は一体どうなったのか。
仕事を辞める旨を別の上司に報告していました。
私が勤務していたのは正社員なんだけどやってることは派遣社員みたいなところなので教育の上司とはまた別に会社の上司が存在します。
この時にはもう感情がほぼなくなってました。
しいて言うならばいつも通りのことをした方がいいだろう。
そんな考えしか思い浮かばず死んだ気持ちで家に帰宅。
沈み切った奈落の底のような気持ちで冷めきった家の晩御飯を一人で食べました。
寝る。
寝ると大体のことは忘れます。
昔からの自分の取柄だと思ってます。
朝起きての第一声
「仕事行きたくねぇ」
いやぁ~ビックリですね。
基本家では自分の好きな世界に没頭している時以外は一言も話さないタイプなんですが、これには驚きました。
改めて振り返ると笑っちゃいますね。
こんなこと自分の口から出てくるとは思ってなかったですから。
珍しく両親がリビングにいてその横で朝飯を食べましたが、当然ですが味はしません。
親に何か小言を言われました。
いつものことではありますが、全く覚えていません。
こういう時普段から期限悪そうな態度を取っているので怪しまれないんですよね。
不機嫌そうな表情がデフォルトの人間のメリットです、数少ない。
鉛のような体を引きずるような気持ちでスーツに袖を通し職場に向かいました。
面白いのはですね、職場との距離が近づく程に胸の中の空洞が大きく菜っていくんですよね。
気分はグリムジョー・ジャガージャック!! これで君も今日からグリムジョーだ!!
なんて訳はなくそのまま消えてなくなる方が近かったですね。
呼吸も苦しくなったもんです。
そして地獄第二ラウンド。
鬼教官は昨日も一年前も数年前も鬼教官。
その方の影響で退職した人、異動になった人は数知れず。
仲良くしてくれた先輩からは「お前がこの連鎖を断ち切るんや」
と言っていましたが確実に無理です。
今日もばっちり鬼教官でした。
熱いご指導、叱責、叱咤激励裏を返せば、というよりかは私にとっては圧力、罵詈雑言の方が適切な表現だったと思います。
私はやる気のない人間なので何か指導されると「じゃああんたがやればいいじゃん」って思っちゃうさとりとゆとりのハイブリッドなので本当にこの熱血コーチとは合わない生き物だったと思います。
さてオアシスのような休憩時間がやってまいりました。
終わったら地獄は残り8時間待ち構えています。
この時考えていたことは
(飛ぶか)
ってことでした。
飛ぶのもありだなって。
私はアルバイト時代にその店の店長に(最悪なんかやらかしたら飛べばいいですしね。)って言ってアホ程怒られた経験があります。
そりゃ怒られるとは思いますがこの考えに関しては曲げるつもりも全くなくてマジで飛べばいいと思ってました。
最悪、よりかは飛ぶ方がいいでしょうと。
結局飛んでしまえば店との関係なんてなくなります。
人生の中での一瞬の出来事です。
やがて記憶から消えます。
なので飛んでしまおうと。
一時間後
私は店頭で接客してました。
飛べませんでした。
休憩時間、いつもより少ない量のラーメンを食べながら「飛ぶことへのリスク」を調べていました。
余計なことで頭が回るなよと今では思います。
正社員での契約をしている状況で飛ぶと責任を追及されて不利になる可能性がある。
そう書いてあったと記憶しています。
もしそうなった場合次の就職がめちゃくちゃ難しくなるのでお勧めはしない。
そう書いてあったと記憶しています。
またこの段階では自分の状態を(鬱病「だろう」)としか認識してませんでした。
自分は精神科医ではありませんのでこの状態が鬱病なのか判断出来ませんでした。
今すぐ手に入れる自由と解放を選ぶのか、将来的なことを考えて今は地獄を選ぶのか。
私は後者を選びました。
この選択が正しかったかどうかは分かりません。
日本人は我慢が文化として根付いています。
私も「後8時間なら・・・」そう考えてしまいました。
この時の決断は正しかったと思いたいですね。
でないと無駄に地獄に8時間滞在していたとか嫌じゃないですか。
8時間後
あ~んこわれちゃ~^う
しょうもないエロ漫画みたいなこと書かないとやってられないな。
粉々、というかもとから無かったかのような感覚で帰路についてました。
この時考えていたのは「お願いだから鬱病であってくれ」
ならもう健康じゃなくていいんですよ、鬱病になってる方が手っ取り早い。
翌日
朝起きて母親に報告しました。
「多分鬱病だわ。」
「なんかそんな気はした」
母親ですねやっぱり。
バレないかも、と思っていましたがバレてました。
気づいてほしいという気持ちももちろんありましたが、やっぱ気付くものなんですかね。
精神科の予約は明日、今日はのんびりしようと思ってました。
ぼーっとして、好きなゲームして、ネット麻雀して、過ごしてました。
面白くなかったです。
いつもなら負けて台パンしてる麻雀も、無。
ゲームも、無。
面白いつまらないではなく、無。
どっちの気持ち湧いてこない非常に無駄な時間を過ごしたと思います。
なんせやる気も出ないのでどうしようもないんですけどね。
結局この日も気分は晴れることはありませんでした。
次の日
予約していた精神科に行ってみました。
ついでにアスペルガーの疑いもかけられました。
「君もしかしたらアスペかもねw」って先生に言われました。
「やっぱそうっすかw」
って「笑って」返事しました。
だって鬱病なんですよ?
地獄の道を切り開く唯一の武器を手に入れたんです。
これを、笑わずしてなんとするんですか。
約束していたので勤務先の本社へ。
状況の説明やら、診断書、後日のスケジュール調整などをしました。
その状態では働かせられないから、とのことでした。
書類だったり貸出品の返却があるので、退職届はまだでしたがほぼほぼ確定の地獄脱出。
家に帰って自分の部屋に入ると私は小躍りとガッツポーズ決め込んでました。
その後オンラインゲームを繋いで知り合いとAPEXしました。
「俺鬱病なんで優しくしろよ~~」って
もう半分治っちゃいましたね。
数日後、予定通りに退職成功。
晴れて自由の身になれました。
鬱病?そんなのあったっけ?そんな感じで遊び倒しています。
皆さんにもいつこういう時が訪れるか分かりませんので気を付けてくださいね。
また少し柔らかく表現する為に茶化した表現を使っていますが、これはあくまでも私が軽度の症状、そして原因がなくなればすぐ直ったことなどの理由があるのでこの書き方をしています。
私以上に重い症状を抱え、薬を服用している方もたくさんいると思います。
私も「鬱病にはならないタイプ」だと思ってましたが予想とは反した結果になってしまいました。
いつこうなるかは分かりませんのですぐに対応、避難をしてほしいです。
命あっての物種と言いますが自分より大事なものなんてこの世にはないと考えてます。
逃げていいので、無様に全力で逃げましょう。
私は翼を持っていたつもりでしたがいざやってみると飛べませんでした。
飛べると思い込んでた私でもこうなったので、逃げれると思っている人も逃げられないかもしれません。
地面を這ってでも逃げてほしいです。
この記事は実体験です。
感想やら頂ければ幸いです。
何かの助けになれれば嬉しいです。
最近続編が決まったドラマですが「逃げるは恥だが約に立つ」
本当にその通りだと思います。
今回はこの辺で失礼します。
鬱病は誰でもあり得ることなので皆さんも気を付けてくださいね。
一人でも多くの注意喚起になればうれしいです。
追記
鬱病の感覚について
あくまで個人の感覚ですが、ここに書いておきます。
人間のテンションを100で表したとしましょう。
普段のテンションを50だとします。
怒ったり、楽しんだり、感情が高ぶると100に近づき逆に落ち込んだりすると、0に近づきます。
自分の仕事は接客の仕事だったので接客中は60だとしましょう。
これがだんだん上限が下がってくるイメージです。
90、80、70と徐々に、知らぬ間に。
70MAXの人間が60のテンションを維持して接客することは簡単ではありません。
苦痛です。
そうなると下がる勢いが加速します。
60 ドラクエのハイテンションをずっと維持しないと接客できません。
50 スーパーハイテンションになりましょう。
40 スーパーウルトラハイテンションになりましょう。
30 アルティメットウルトラスーパーハイテンションになりましょう。
分かりますね。無理です。
そしてきついです。
もちろん通常のテンションも上限が下がるにつれて下がっていくので怪しまれないようにするだけでも精神的に疲れます。
精神の病で精神を酷使して、更に酷くなっていく悪循環。
最後の方はもう感情がなくなっていきます。
こんな感じでしたね。
他の方の感覚がどうだったかは分かりませんが自分の場合はこうでした。
皆さんも感情の上限が下がっているのを感じたら休みましょう。
本当に以上です。
ありがとうございました。